文字について5

 文字の貸し手の言語にある音が、借り手の言語にない場合、借り手はその音に対応する文字を使用しない。したがってフィンランド語の表記はラテンアルファベットをもとにしているが、フィンランド語にはb,c,f,g,w,x,zの音がないので、これらに対応する文字は借用の過程で消滅している。

 逆に文字の貸し手にない音が、借り手の言語にある場合、借り手はその音に対応する文字を作る必要がある。その場合新たに文字を作る(j,u,w)か、借用する文字を複数組み合わせて表現するか(ギリシア文字やルーン文字の”θ”→英語の"th")、借用する文字のバリエーション(ドイツ語のウムラウトを付けたり)を作るかである。

 

 世界中のアルファベットは何種類もあるがその発明は一度だけで、それ以外は模倣である。

 最初に発明されたのは紀元前2000年から紀元前1000年に誕生した。シリアからシナイ半島にかけて暮らしていたセム語を話す人の間でである。

 アルファベットはエジプトの象形文字にまで遡ることができる。エジプトの象形文字は24個ある子音を表すため24個の記号が使われていた。エジプト人は単子音だけを表す記号だけを使用する方向には進まず、二重子音や三重子音を表す記号や、表意的な記号、決定詞の記号を使い続けた。

 紀元前1700年ごろエジプトの象形文字に精通していたセム語族の人が、表音的なアルファベットに発展させた。

 セム語族の人々は象形文字を単子音を表す記号として使い、またアルファベットの一つ一つに名前を与え、暗唱するための順番を決めた。

 アルファベットに母音を表す記号を導入したのはギリシア人であった。セム語族の人も母音を表記するために子音に点や線を加えていたが、アルファベットとして母音を表す記号を導入したのはギリシア人だった。

 セム語のアルファベットは初期のアラビア文字に模倣され、現代のエチオピアのアルファベットになっている。また別の流れとして、ペルシア帝国のアラム語のアルファベットになり、そこから現代のアラビア語ヘブライ語、インド語、東南アジア諸言語のアルファベットにつながる。現代の英語のアルファベットは紀元前8世紀にフェニキア人を介してギリシア人に伝わったものが、紀元前7世紀にローマ人につながったものである。

 

 

「銃・病原菌・鉄」第12章から