文字について2

 文字が全くない世界で文字を発明することは、既にある文字体系を借用することに比べて遥かに難しい。当然と思われる言語学的な法則を見つけなければならないから。

 全く区切りがないように聞こえる発話を、文字で表現できるほどの小さな単位までに分解しなければならないし、それが可能であるということに気づく必要がある。発話を文字に表記するには、意味に影響のない部分を切り捨てなければならない。例えば抑揚、声の大小、高低、ジェスチャなどは文字にするうえでは不要になるが、そのことに気づくことも必要である。小さな単位まで分解したうえで、文字で表記する方法を考えなければならない。

 

 歴史的に文字を自ら発明したと考えられているのは、メソポタミア地方のシュメール人が紀元前3000年に発明したシュメール文字、紀元前600年にメキシコ先住民が発明したマヤの絵文字と紀元前1300年の中国の漢字で、それ以外の文字はすべて、他の文字を改良したものと考えられる。

 

シュメール人楔形文字

 人類最古の文字はシュメール人の発明した楔形文字である。楔形文字が登場する以前でも肥沃な三日月地帯では、何千年にもわたって、様々な形をした粘土板を使用して、羊の数や穀物の量が記録されていた。紀元前三千数百年前から紀元前3000年にかけて、収支記録を残す方法が急速に発達し、そのための新しい技術、形式、記号が凍案されるとともに文字システムも生み出された。

 技術的には粘土板の表面に引っかき傷を残してそれを記録に使用するようになったことがある。やがて葦の先端を使用した尖筆が登場にこれで粘土板に記号を付けるようになった。これに並行して、縦書きや横書きといった記録を残す際の決まりができた。

 シュメール人は現代のヨーロッパ人と同様に右から左ではなく左から右に、垂直方向ではなく水平方向に、また下から上へではなく上から下に読むこととなった。

 発話を表記するには発音と無関係なところで記号と意味を対応させるのではなく、実際の発音と視覚的記号を対応させなければならない。ウルクの遺跡からは数千枚の粘土板が出土していて、そこには収支の記録用に例えば魚や鳥の絵とともに数字が刻まれてる。やがて粘土板の絵は変化していき、尖筆が発明されるころになると、抽象化していき、複数の記号の組み合わせが一つの意味を表す記号として使われるようになる。例えば「頭」と「パン」の絵を組み合わせて「食べる」という意味を表す記号を使っている。

 初期のシュメール文字は表意的な要素だけで実際の発音と関係がなかった。つまりシュメール語の特定の音を表す文字は当時はなかった。

 シュメール人は絵で表現できる名詞を、それと同じ発音の、絵で表現することが難しい名詞を表現するために使用することを思いつく(同音異義語)。文字の発達において極めて重要な発明である。つまり鏃を表す「ti」という文字を、同じ発音である「生命」を意味する文字として使用するようになる。次に同音異義語を導入することによって生じる曖昧性を解決するために、決定詞を導入する。これにより、その表現がどのようなカテゴリの名詞に属するかを機能的に指示することができる。表音での記述ができることを発見したシュメール人は抽象名詞だけではなく音節や、語尾も文字で表記するようになる。また表意文字表音文字として使うようにすれば複数の音節からなる長い単語も、複数の表音文字を組み合わせることで表現可能になる。このようにして文字システムができていった。

 

「銃・病原菌・鉄」第12章から