マイホームと賃貸のコストの比較

現在30歳、90歳で死ぬ。

土地代と建物で4000万円の物件を購入。

頭金として1000万円を用意。

残りの3000万円は住宅ローン(フラット35)で借入。

住宅ローンの金利は1.270%/年とする。 https://www.simulation.jhf.go.jp/flat35/kinri/index.php/rates/top

返済年数は30年間。繰り上げ返済はしない。ボーナス返済はしない。

35年目に改修工事を行い、費用を500万円とする。 

 

毎月返済額 100,257円/月

年間返済額 1,203,084円/年

住宅ローン総支払額36,092,537円/30年

つまり利息として6,092,537円を支払うことになる。

住宅ローンの融資手数料として60万円(借入金の2%)

印紙税2万

登録免許費3万

抵当権設定のための司法書士報酬6万円

 支出の総額は約5480万円

 

賃貸の場合

90歳で死ぬまで賃貸の場合、経済状況や家族構成に合わせて住居を変えるのが簡単ですので、ライフプランに合わせて引っ越すものとします。

30歳の夫婦が35歳で子供を一人儲け、40歳で少し間取りに余裕のある家に引越し、60歳で子供がすでに家を出ているため、小さめの家に引っ越すとします。

 

家賃6万円/月×10年=720万円

礼金6万円

仲介手数料6万円

契約更新料(0.5か月分)3万円/2年×10年=15万円

小計  747万円

 

家賃10万円/月×20年=2400万円

礼金10万円

仲介手数料10万円

契約更新料(0.5か月分)5万円/2年×20年=50万円

引越し代20万円

小計2490万円

 

家賃8万円/月×30年=2880万円

礼金8万円

仲介手数料8万円

契約更新料(0.5か月分)4万円/2年×30年=60万円

引越し代20万円

小計2976万円

支出総額6,213万円

賃貸の場合支出は一戸建てより733万円高い結果となりました。

 

収入

一戸建ての場合住宅ローン控除があります。

これが2527322円となります。

また改修工事後に賃貸の場合の家賃と同額を投資に回しその運用益を考慮に入れたいと思います。

家賃を8万円に設定しているので毎年100万円ずつ投資に回し、その運用益(年率4%)を収入に当てます。

  1年目 100万円×4%=4万円

  2年目 200万円×4%=8万円

  3年目 300万円×4%=12万円

25年目 2500万円×4%=100万円

合計 1300万円

 

住宅ローン控除と運用益で合計約1502万円になりました。

というわけで支出―収入=5480万ー1502万=3978万円

 

賃貸の場合の収入

賃貸の場合、一戸建て購入の場合の頭金1000万を投資に回すものとします。

運用益1000万円×4%×60年=2400万円

また60歳まで住居手当が3万円/月支給されるものとします。

住居手当3万円/月×30年=1080万円

収入総額は3480万円

賃貸の場合の支出―収入=6213万ー3480万=2733万円

 

したがってこのシミュレーションの場合一戸建てのコストは3978万円、賃貸のコストは2733万円で、賃貸の方が1245万円安い結果になりました。

 

賃貸で住居手当が出ない場合はコストが3813万円となりますし、更に駐車場を35歳から70歳までの間借りる場合、駐車場代を月6000円とすると288万円かかり、賃貸のコストは4101万円になります。この場合一戸建ての方が安くなります。

 

ちなみに資産運用について単利で計算していますが、複利で計算すると、一戸建ての場合運用益は約1831万円、賃貸の場合は約9519万円になります。

また賃貸の場合に65歳まで複利、以後の運用益を生活費に充てるとして、単利で計算すると運用益は6740万円になります。

お金に余裕のある裕福なひとは大丈夫でしょうが、庶民は人生の早い段階で大きなお金が減ると投資の資金が減るので、人生の後半でなかなか苦しい気がする。

 

複利の力はえげつない。

 

 

 

食肉について

Netflix「世界の今をダイジェスト」食肉の未来

 

 食肉の消費量は年々増加しているらしい、10秒間に屠殺される家畜の数は24,000頭、年間で75,000,000,000頭、過去50年間で人口は倍増したが肉の生産量は4倍以上増加している。10億匹のブタ、10億頭のヒツジ、15億頭のウシ、230億羽のニワトリが飼育されている。土地や水の使用、温室効果ガスの排出などにより、持続可能な生産にも限界が来ようとしている。

 2018年現在3億3550万トンの肉の消費量が、2050年には4億5500万トンに達する見込みである。先進国での需要は横ばいであるが、発展途上国での需要は伸び続けている。

 人類が野生動物の家畜化をしたのが紀元前1万年ごろであり、農耕の開始と動物の家畜化をしたことにより、人々は定住し、食料の備蓄や安定的な食糧供給が可能になった(安定的な供給があって定住したかもしれない。)。そのおかげで、文明が生まれた。動物の家畜化なしに現代の発展した社会は存在し得ない。ところがいまや食肉の需要は社会の持続不能なレベルに達しようとしているという。

 そもそも肉を生産するにはかなりのコストを要する。10キログラムの肉を得るにはその10倍以上の重量の飼料が必要である。水や広い土地も必要になるが、現在の需要の増加ペースだと、世界の土地すべてを家畜動物の飼育に使用してもその需要を満たすことができなくなるという。

 そこで近年注目されているのが人工の肉である。ビヨンドミートやインポッシブルミートといった植物を由来とする人工肉や、動物性たんぱく質由来の培養肉がある。

 番組中では何人かの子どもに牛肉、ビヨンドミート、インポッシブルミートを食べさせ最も気に入ったものを選ばせていたが、いずれの子どももビヨンドミートを選んだ。スタッフがそれが野菜でできていることを伝えると、子供たちはそれならば二度と食べないといったり、なかなかいけるねなどと驚いていた。ビヨンドミートが目指すところは単なる肉の代替品ではない。その名の通り肉を目指し、肉を超えようとしている。現に実験での反応はかなりのもののようだし、味も相当いいのだと思う。

  地球に負荷がかかり我々の生活が脅かされるのであれば、肉をあきらめる日も来るとは思うが、生きているうちは大丈夫かな。でも味が良いらしいのでコストが下がれば選択肢には十分入ると思う。

 ちなみに昆虫食という答えもある。

文字について4

 世界には文字のない言語が存在する。これらの言語を表記するために言語学者は既存の文字システムを借用し少し手を加えて「実体の模倣」により、新しい文字システムを作る。

 ニューギニアアメリカ先住民のためにラテンアルファベットをもとに新しい文字システムが作られた。トルコ語においては1928年に、ムスタファ・ケマル・アタテュルクトルコ共和国政府により、もともとアラビア文字をもとに作られたオスマン文字を、ラテンアルファベットをもとに作ったトルコ文字に置き換えられた。

 歴史上でも文字システムの実体の模倣は事例が多い。

 キリル文字は9世紀にギリシアからスラブ地方に布教に来た聖キュリロスが、ギリシャ文字ヘブライ文字をもとに作りだした。

 ゲルマン語最古の文書は4世紀ごろ現在のブルガリア西ゴート族と暮らしていた宣教師ウルフィラス主教が作ったゴシックアルファベットで書かれている。このゴシックアルファベットもまた様々な文字を借用して作られていて、20がギリシア文字から、5つがローマ文字から借用し、2つがルーン文字から借用したか、ウルフィラス主教みずから考えたかのどちらかである。

 作られた文字については先の時代の文字と比較すればどこから派生したかがわかる。

ミケーネ文明の線文字Bは紀元前1400年にクレタ島のミノス文明の線文字Aから作られている。

 

「銃・病原菌・鉄」第12章から 

「実体の模倣」と「アイデアの模倣」

 技術や概念といったものは「実体の模倣」か「アイデアの模倣」のどちらかで伝播する。ある発明を知った人が、それがうまく働くことをしっているにもかかわらず、独自に発明することは考えにくい。

 「実体の模倣」の場合入手可能な情報が詳細に模倣され、一部修正改良を加えたうえで使用されるので、その成果物はオリジナルと非常に似たものになる。

 「アイデアの模倣」の場合基本的なアイデアだけが模倣され、その成果物はオリジナルに似ることもあればそうでないこともある。

 

「銃・病原菌・鉄」第12章から

経験する自己と物語る自己

本当の自分は一体どこにあるのだろうかと考えることが以前はよくあった。

 

自分の将来について考えるとき、自分は一体何をすべきかとか、何をしなければならいか、何をしたいのかとか考える。ある程度考えて、自分なりに答えを出したとする。でも次の日なると、その答えはやはり違うのではないかと思い始め、また昨日と同じように考え、また別のある答えに行きつく。けれども別の日になるとその答えを疑ってしまう。そしてまた考え始める。このような堂々巡りになるのは自分とは一体何かと考えてしまうからである。本当の自分とは何かなどと考えるのはやめたほうが良い。そもそも本当の自分など存在しないから考えたところで正しい答えはでてこない。仮に答えが出せたとしてもその答えには何ら根拠がない。自分が見つけ出した本物の自分というものが本物であるというのはどうやって証明できるだろうか。他人に対して証明できる必要はないとしても、今考えている自分に対して、その答えが正しいということをどう証明できるだろうか。できない。なぜなら本物の自分というものは存在しないからだ。

 

経験する自己と、物語る自己というのがあるらしい。よく自分探しの旅などといって放浪旅に出る学生がいるが、それで自分を見つけたとしてもそれはやはり本当の自分ではない。かといって嘘の自分というわけでもない(本物の自分が存在しないのであれば嘘の自分は存存在しない)。自分探しの旅に出て見つけた自分というのは、物語る自己だ。物語る自己というのは、自分について他人に話すときの自己のことだ。人に自分の話をするとき、経験したことすべてを話すことはないし、実際に経験したことのとおりに話すわけでもない。自分が何かを経験しているときに感じていることをそのまま話すこともない。自分の経験について、自分にとって心地の良いかたちで、都合の良いところだけを、都合よく解釈をして、物語をする。その物語っているときの自分がまさに物語る自己だ。一方経験する自己は物事を経験しているその一瞬一瞬の自己ということになる。経験する自己はほとんど記憶しない。ある期間のなかで最も印象的な瞬間と最後の瞬間くらいしか記憶できない。

つまり自分探しの放浪旅にでても、記憶しているのはその旅で最も印象深かったことと、最後の出来事くらいなもので、2番目に印象に残っていることなど記憶に残っていない。そこで見つけた自分というのは、旅のクライマックスと最後の出来事に、自らに都合の良いように合わせて作り上げた自己のことである。

 

旅を楽しむのは良いことだけれども、存在しない"本当の"自分を探すのは時間の無駄だし、精神的に疲弊するためやめておいたほうが良い。

 

ホモ・デウスを読んで思ったこと

文字について3

古代メキシコの文字

 シュメール人以外に文字を発明したことが確認されているのは、メキシコ南部のアメリカ先住民で、中米の文字は旧世界*1とは全く別に独自に生まれたと考えられている*2

 古代メキシコの文字は十数種類あるが、数字や暦の書き方が同じであり、同族関係にあると考えられている。どの種類についても部分的にしか解明されていない。これらの中で最も古い文字はメキシコ南部のサポテカ地方で紀元前600年ころに使用されていた文字だが、研究が進んでいるのはマヤ地方で使用されていた文字である。この文字では最も古い日付の記録が西暦292年である。

 マヤの文字は旧大陸の文字とは別に考案され、全く異なる形をしているが、シュメール文字と基本的に似た原則に従い構成されている。表意的な記号と、表音的な記号の両方が含まれている。表意的な記号が同じ発音の抽象名詞を表すために使用されているのである。マヤの文字は子音一つと母音一つで構成し、一つの音節を表している。マヤの音節文字はその音節で始まる表意文字から派生したものである。

 シュメール文字マヤ文字はそれぞれ独立に考案され、系統関係ないが、基本的に似た原則に従って構成されている。

 エジプト、中国、イースター島の例を除いて、文字はシュメール文字マヤ文字から派生もしくは、改良して生まれたものであると考えられる。文字を発明するのは極めて困難なため、独自に発明するよりも、シュメール文字マヤ文字などの他の文字を拝借すれば事足りたわけである。

  文字の発達にはいくつかの社会的要素が不可欠だった。文字がその社会にとって有用でなければならないし、また書記を食べさせるだけの生産性のある社会でなければならない。この条件を満たしていた社会はシュメールやマヤ以外にもあった。古代インド、クレタ島エチオピア先住民社会などがそうである。ただシュメールやマヤが先行していたため、他の社会では自ら発明する必要がなかった。

 

 「銃・病原菌・鉄」第12章から

*1:旧世界はクリストファー・コロンブスの所謂アメリカ大陸発見(1492年)以前にヨーロッパ人に知られていた地域のことで、アメリカ大陸とその後”発見”されたオーストラリア大陸は新世界という。

*2:古代スカンジナビア人が新世界を訪れるよりも前に新世界の人が文字を持つ旧世界の人と接触した証拠はない。

文字について2

 文字が全くない世界で文字を発明することは、既にある文字体系を借用することに比べて遥かに難しい。当然と思われる言語学的な法則を見つけなければならないから。

 全く区切りがないように聞こえる発話を、文字で表現できるほどの小さな単位までに分解しなければならないし、それが可能であるということに気づく必要がある。発話を文字に表記するには、意味に影響のない部分を切り捨てなければならない。例えば抑揚、声の大小、高低、ジェスチャなどは文字にするうえでは不要になるが、そのことに気づくことも必要である。小さな単位まで分解したうえで、文字で表記する方法を考えなければならない。

 

 歴史的に文字を自ら発明したと考えられているのは、メソポタミア地方のシュメール人が紀元前3000年に発明したシュメール文字、紀元前600年にメキシコ先住民が発明したマヤの絵文字と紀元前1300年の中国の漢字で、それ以外の文字はすべて、他の文字を改良したものと考えられる。

 

シュメール人楔形文字

 人類最古の文字はシュメール人の発明した楔形文字である。楔形文字が登場する以前でも肥沃な三日月地帯では、何千年にもわたって、様々な形をした粘土板を使用して、羊の数や穀物の量が記録されていた。紀元前三千数百年前から紀元前3000年にかけて、収支記録を残す方法が急速に発達し、そのための新しい技術、形式、記号が凍案されるとともに文字システムも生み出された。

 技術的には粘土板の表面に引っかき傷を残してそれを記録に使用するようになったことがある。やがて葦の先端を使用した尖筆が登場にこれで粘土板に記号を付けるようになった。これに並行して、縦書きや横書きといった記録を残す際の決まりができた。

 シュメール人は現代のヨーロッパ人と同様に右から左ではなく左から右に、垂直方向ではなく水平方向に、また下から上へではなく上から下に読むこととなった。

 発話を表記するには発音と無関係なところで記号と意味を対応させるのではなく、実際の発音と視覚的記号を対応させなければならない。ウルクの遺跡からは数千枚の粘土板が出土していて、そこには収支の記録用に例えば魚や鳥の絵とともに数字が刻まれてる。やがて粘土板の絵は変化していき、尖筆が発明されるころになると、抽象化していき、複数の記号の組み合わせが一つの意味を表す記号として使われるようになる。例えば「頭」と「パン」の絵を組み合わせて「食べる」という意味を表す記号を使っている。

 初期のシュメール文字は表意的な要素だけで実際の発音と関係がなかった。つまりシュメール語の特定の音を表す文字は当時はなかった。

 シュメール人は絵で表現できる名詞を、それと同じ発音の、絵で表現することが難しい名詞を表現するために使用することを思いつく(同音異義語)。文字の発達において極めて重要な発明である。つまり鏃を表す「ti」という文字を、同じ発音である「生命」を意味する文字として使用するようになる。次に同音異義語を導入することによって生じる曖昧性を解決するために、決定詞を導入する。これにより、その表現がどのようなカテゴリの名詞に属するかを機能的に指示することができる。表音での記述ができることを発見したシュメール人は抽象名詞だけではなく音節や、語尾も文字で表記するようになる。また表意文字表音文字として使うようにすれば複数の音節からなる長い単語も、複数の表音文字を組み合わせることで表現可能になる。このようにして文字システムができていった。

 

「銃・病原菌・鉄」第12章から